2006年12月4日(月)マドレデウス
武蔵野市アルテはチケット予約の案内状を毎月末に送ってくる。暑い頃の案内で、びっくりする位の値段で”マドレデウス”が近くで見られると、ひっちゃ気になって予約電話をかけて、結構イイ席がとれて、悦に入っていた。気持ちがゆっくりしたら、大変な事に気がついた。日曜日のそれも、真っ昼間3時からの公演だったんだ。あわててキャンセルを申し出てみたが、アウト。たしかに、席の確認するときに、いってたもんな。あきらめきれずに、11月に事務局へ誰か当日にでも、買ってくれないかと、預けておいた。12月2日前日に電話で問い合わせてみたら、まだ売れてなかった。3日当日にも確認したら、売れてなかった。あんまりうるさくいうので、Sが根負けして、”一人で行ってきな”。さっそく、チャリで文化会館へ急行した。こんな時、自転車は本当に速い。マドレデウスのCDは初めの頃に1枚買ったきりで、ちょっと暗いか、と、いう印象だった。
今日見たのは舞台の装置とvocalの衣装が揃いになっていて、格好イイ。ライティング、音響、も自分たちで連れてきていて快適だった。字幕付きなのも、初めてだった。普段聞いているbluesとは全然違う。ギターもクラシックでほとんど、たてて弾いている。セロニアス・モンクみたいに"うーうー"結構うなりながら弾いていた。歌声は素晴らしかった。1部はあまり静かでちょっと寝ちゃった。2部はその静かさに慣れてよく、聞けた。アンコールに曲名は知らないけど、持ってるCDにある、”。。。ファンタジーア”!最後に、男の人が2人くらい歌手に花束を捧げていた。”文化”って感じのコンサートだった。チャリでささっと店へ帰って、明日のお弁当用に丸正へ買い出しに行った帰り、”マドレデウス”ご一行様バス(文化会館の隣に留まっていたし、バスの前に、アルファベットでながながと、字が書いてあった)を見た。手を振ればよかった。でも、音響の長髪のおじさんしか見えなかったし。musicianは疲れて眠っていたんだろう。
2006年11月19日(日)Paul Simon
Ruth Brownが心臓まひで金曜日にラスベガスで亡くなった>記事を見つけた。
映画の”ライトニング・ア・ボトル”で初めて超有名歌手だと認識した。他のミュージシャンにも随分愛されている様子だった。
その時も病み上がりで、一時は喋ることもできなくなってリハビリをしたと、言っていた。もっと詳しい記事があるかとwebをぶらぶらしていたら、
NPRでとんでもないお宝をみっけ!PaulSimonのgigじゃないfull
showをラジオでやってる。NPRはピーターバラカンさんに教わってから、時々checkするけれど、過去にマデリン・ペルーも教えてもらいました。
これは11月6日のフィラデルフィアだから、ホヤホヤだ!大好きだ!!新しい曲のみならず古い曲もバシバシやってる。知ってる曲もCDとは違うアレンジでやってる、、
テンポを変えたり、今はケイジャンスタイルがかかってる。今65歳だって。声は変わらない暖かさだ
オオトリはドブロの神様ジェリー・ダグラス共演でした。その前はLike a bridge
over troubled water。ほんとに凄い、おおもりあがり。お客でいたかったな。これも、最近、ボブ・ディランが頑張ってる影響でしょうか。嬉しいなぁ。LP全部で何枚持ってるだろうか。
2006年11月17日(金)leon
レコード整理していた時に気がついた、B.B.Kingのライナーノートに
Leon Russellの記述が有ることに気がついてから、ずーっと気になっていた。
ちゃんと、聞いた事が無かった。そんな折図書館で発掘した、Leon Russell35周年記念盤。
おいしいとこ取りのベスト盤。初めて気が付いたこと。私なかではエルトン・ジョンと混ざってた。
こんな凄いソングライターだったとは、ちーとも気がつかなかった。すり切れるくらい聞いた、
フィービー・スノーは彼が当時携わっていたシェルターレコードから、
デビューしてる。ディノ・エイラリという人が発掘して、プロデューサーしてる。共同プロデューサー兼エンジニアにフィル・ラモンだって。
全然知らなかったな。レオンラッセルって、リタクーリッジとつきあってて、彼女を引き留めるために”a
song for you"を書いたんだと。今のレオンラッセルはロード・オブ・ザリングのいい方の魔法使いみたいだ。
最近、自分で再発見というか、あの頃は聞かなかった音楽新発見が多い。原宿LEONっていう喫茶店があったな。黒に金の文字で。


2006年11月4日(土)The Last Frontier
”The Last Frontier featuring Takeharu Kunimoto"のCDがやってきた。
ノリノリのお三味線と、正統派ブルーグラス。仕事中にも聞いていたけど、車の中で聞く方が何倍もいかった。みんなオリジナルらしい。1曲目Appalachian
shamisen、ウィークエンドサンシャインでかかった9曲目のNinja Rag、
特に気に入った13Dream of a geisyaこれはお勧めだ!もう一つ謎が解けた。太巻き寿司は大好きだけど、以前風邪ぴきの時、
近所の回転してない寿司屋さんで太巻きを頼んだら、ご飯が一番外側になっていて、”?”だったけど、あれはカリフォルニアスタイルだったんだ。
へーわかったぞの巻。でも、私は普通の海苔が一番外にアル太巻きが好きだ。大学があるJohnson Cityは、テネシー州の州都ナッシュビル、
メンフィスについで第三の都市らしい。さぞや、楽しかっただろうなあ。映画の”歌追い人song catcher”
でアパラチアンという認識を初めて持っただけで、あまり詳しくないけど、roots
musicだな。大変な思いをしながら、採譜していく女教授の話だったけど。
そういえばこの映画にtaji mahalが出てたよ。
2006年11月2日(木)ETSU
アパラチアン三味線のDVDが来た。大学の自主制作盤らしい。
先生方の丁寧なご紹介があってから、演奏が始まるので、ちょっとコンサートというより発表会に近い流れ。
国本さんのアパラチアン三味線をもっと聞きたいので、CDも頼んじゃいました。演奏のなかに、”
シスターロゼッタサープ”のトリビュートCDで聞いた曲名はわからないけど、”Nobady fault but mine"。出演者はみんな芸達者な人達ばかり。
きっとわくわくするような、授業なんだろう。こっそり行って見たい気がする。East Tennessee State University
テネシーワルツのテネシーか?
2006年10月27日(金)今すごく聞きたい!
先週のウィークエンドサンシャインでかかった国本武春とラストフロンティアーの
”アパラチアン三味線”聞きたいな。
2005年にジャパンツアーをやってた。気づくの遅い!!聞きたかったな。今年は”三味線忠臣蔵”をやってるみたいだ。アルテで呼んでくれないかな。
ジョー・コッカーのwebで最近のライブのset listにあった
”cry me a river"聞きたいな。このhp初めて知ったけど、アメリカの田舎にウィリアムモリスばりの館に住んでる。
格好いいじゃん。昔、テレビの東京音楽祭でベロベロに酔っぱらったジョー・コッカーが強烈な印象で、こんなに穏やかに暮らしているとは。よかったね。
2006年10月23日(月)再びの弘前
今年の5月に弘前へ行ったばっかりだったけど、予約をして行かなかったので入れなかった津軽じょんがらの”あいや”へリベンジと
”YOSHITOMO NARA +graf A to Z”を見たいし、八幡平の紅葉も魅力なので、1泊2日の弘前強行軍をした。
朝6時前に家を出て、東北道をまっしぐら。今回は大谷PAのドトールコーヒーも営業してました。2回休憩をして、4時前には弘前に到着した。
じょんがらの予約は6時半からだったので、一眠りしてから、出かけた。
店に入ると、ステージにギターとキーボードが置いてあったので、”??”
更に、ギターを調弦している人は、Webで見た写真よりちょい老けてるなあと、思ったりした。
showが始まって謎が解けた。店の看板オーナーは”お休み”でした。
電話で予約した時、そこまで確認しなかった。
まさか”ご不在”とは想像できなかった。当方の認識不足。
お三味線でじょんがら2曲と、ギター&キーボードで”悲しい酒””いい日旅立ち”、民謡と踊り、お客さん全員のリンゴ節合唱。
ひぇー!!物足りないので、駅前のデラックスホテルのコーヒーラウンジでケーキセットを採ってから部屋に戻った。
疲れと落胆でバタンキューとはいかない。
明日の”A to Z”どうかな?ちょっと不安。
最悪、紅葉は絶対OKだから、まあ、いいっか。
10時始まりだが、7時すぎには朝食を済ませて、部屋でのんびりして、
TVをみるのにもあきたので、早めに出かけた。
旅先ではTAXIが一番便利だ。たいがい1メーターで行くもんね。
車を降りたとたんにSがいつになく、”おおーっ。格好いいじゃない”。
期待できそう。来た甲斐があったてぇもんだ。
もう、人が並んでるよ。中に入ってまた、びっくり。
あんなに混んでる展覧会は、奈良国立博物館の正倉院展以来だ。
”奈良美智集大成”って事らしい。
現場で小屋も建て移築もし(建てたのはgrafとボランティア大勢)、絵も描いたようだ。
Mアフガン小屋にはアイパッチのブルテリアがいた。ブルテリアのむっちりした尻はすぐにわかるね。
LPの部屋は興味津々。Fairport convention,
Sandy denny,Maria muldaur,
毛がふさふさのJoe cocker,Van morrison,
doors,Dan hicks結構知ってるのもあった。パンクを知る前のモノらしい。
2階は建物の安全上の問題で人数制限をしていた。何事も細かく行き届いた楽しいイベントだった。
現場shopで図録を頼んだ人にはサイン入りで11月中旬に発送してくれるとの事だったので、ミーハーTは即お願いしました。
Cタイサマーハウスはゲストアーチストとして、アンクリット・アシャチャリヤソーポンの名前があったので、”おお、去年の謎が解けた。”と思った。
白黒のブルテリア絵はがきのアーチスト家に帰って確認。
©Thaiwijit Puangkasemsomboon全然違う。勘違いでした。
弘前は歴史的建造物もあるそうですが、お城に気をとられて今まで遭遇しなかったけど、ばったり、AtoZの会場の近くにありました。

大満足で弘前を後にしました。



2006年10月5日(木)ミュンヘン
スピルバーグの”ミュンヘン”をやっと見た。
重そうなので、ちょっと敬遠していたのだけれど、どうしても気になったので、見ちゃった。
1972年といえば、私はもう大人だったのに、全く印象が無い。今になって、何が起こっていたんだろうという興味もあった。
テロリストとは知らずに門限すぎの選手と勘違いして、門をよじ登るのを手伝った人は今どうしているだろう?
映画はオールスターキャストだ。”トロイ”のエリック・バナ。モサドの上官はフリーダでトロツキーを演じて居たジェフリーラッシュ。
最後まで一緒に生き残るのは”トゥームレーダー”でアンジェリーナ・ジョリーの元彼役。”カレンダーガールズ”
の花やさんの旦那役キアラ・ハインズ。イスラエルとパレスチナのどちらの側にも大義名分があり、お金も動いている。
フンデルトワッサー
がミュンヘンのポスターを描いていたのを、思い出した。公式ポスターのサイトに登録されていたのとは違うけど、
オリンピックのマークがあるから、公認なんだろう。たまたま引き受けた時にこういう事件が起きてどう感じていたんだろう?そういえば、
軽井沢でフンデルトヴァッサー展やってルのを忘れてた。
フンデルトワッサーの事はKLMの観光案内で奇妙なアパートを見て以来気になってしかたが無かった。
1999年の埼玉の県立近代美術館でフンデルトワッサー展を見て、
ずっぽし、嵌った。ちょうど、青葉町から吉祥寺へお店を移転した直後だった。2001年6月に建築見物にウィーンへ行った。
ニューヨークのテロの前だったので、あの時はのんびりしてた。オフシーズンの10月か1月の後半に行こうとして、
何度もwebで情報を集めていた。ある時1928〜2000という”迄”の欄に文字が入っているのに、びっくりした。
心臓麻痺で突然亡くなった。妙にリアルタイムだった。
2006年8月31日(木)図書館
図書館へ行ってみた。少し並び替えがあったように思う。
新しいCDにはみえないけど、どうして今まで気がつかなかったのか不思議なくらいの名盤発見。
名前だけ知っていた人。60年代に大活躍した
Bo diddleyエルビスの腰ふりはBoが元祖だとか。
Menphis slimはもう少し古い人でアメリカ人だけどパリが気に入って晩年パリですごしたらしい。やはりChessはチェック!!

2006年8月26日(土)Charles Aznavour
アズナブール来日公演のパンフレットが郵送されてきた。(la bohemeはいつ聞いても切なくていいね。
もう少し寒くなってから聞きたい。イントロはぞくぞくする。アレンジは誰?)すごい!!高い!お大尽席まで造ってある。歌舞伎公演くらい高い!
どんなオーケストラをつれてくるのかな?
1968年か、9年に、新宿の厚生年金で見た気がする。こんなに高くなかったような。
白いジャケットの裏地が紫だったのは覚えている。”イザベル”はほとんど、お芝居のような感じだった。
今なら、Dany brillantがいいな。
イタリア人ならEros ramazzotti。また武蔵野市のアルテで呼んでくれないかしらね。
2006年8月19日(土)Maria Muldaur
Mariaさんの続き。サイン会の写真ばっちりとれてました。
一人ひとりに丁寧に書いてくださってたんだなと、改めてわかりました。さすがにプロでカメラ目線でbig smile。
そして、mariaさんこんなに汗だくだったんだ。liveを見てからの方が、CDの曲だけ聞いていた時より、ずーっといい。
天童市のジャズフェスティバルはもう終わったけど、
20名古屋スターアイズ23東京
JZBrat25大分ブリックブロック26足利屋根裏27東京TUC
近くの人は絶対お見逃しなく。ブギやニューオールリンズの乗りが現地に行かなくても体験できる。鍛え抜かれたプロの味わいが堪能できます。

2006年8月19日(土)Maria Muldaur
すごかった。狭いホールでめちゃくちゃエンターテイメントだった。
しかし、どうしても初めの1曲目が思い出せない。登場して、いきなりパワー全開の歌い。前半はこのまま、ぶっとばし。
休憩の時後ろのにいちゃん達も”このコンサートは、激安じゃ”といっていたけど、同感。曲順は忘れたけど、
ブルースプロジェクト以来よく聞くMenphis Minnieの
曲me,my chauffeur,とあと1曲、mariaの解説によれば、チャックベリーより、メンフィスミニーのほうが、ロックンロールとしては先駆けであったそうです。
Dr.jhonでよく聞くmojo manbo;J.J.Caleも2曲、
ケイジャンムーンと他、Peggy LeeのFever,Everthing
is moving to fast(これを演奏してくれたのは、超うれしい)Black coffee;Bessies
Advice,eight eightとかの掛け合いをするJazz,最近Van morrisonでむやみに聞いている、don't
you make me high.歌うまえには何かちょこっと説明ありで、楽しかった。
カーティスメイフィールド
はRay charlesのいとこだそうで、その人の曲も演奏した。スキャットでギターとの掛け合いあり、時々タンバリン。
終わった時はバンドメンバーはさっさとご飯を食べに行ったようで、マリアがアカペラでゴスペルを歌った。
この時一番PAの状態が良かった。ドラムが近すぎたかも。立派な胸のペンダントは今日もしてらっしゃいました。
まさに、ルーツ、ブルーズ、ゴスペル、ジャズみんな良かった。何曲歌ってくれたのかわからないくらい。Bob
Dylanと同世代とすると、60代?すごい。私もまだ、いける。終わってからの反省。
拍手しすぎた。手が痛い。ところで、現地でCDを買った人にはやっぱりサイン会の特権がありました。わざわざdisk
unionへ行って昔のLPレコードを購入してきて、これにサインを頼んでいる方もいて、みんな努力してました。(30年くらい前のご自分にSo
am I)サイン会はかなりの人が並んだので、Mariaはとても空腹。ちょっとお気の毒でしたが、自分の番になったら、図々しくサインしてもらって、
写真まで撮ってもらいました。どんなに写っているかは、今のところ不明です。楽しかった。宝物だね。

2006年7月24日(月)ウォーク・ザ・ライン
とっても期待していたウォークザラインをやっと今日見た。どうして、ジョニー・キャッシュの印象が暗かったのか、本日目から鱗が落ちました。
刑務所ライブの事は知っていたけど、服役していて、ライブをしたのかと、勘違いしてた。更に年代はごちゃごちゃしていて、
その時代がすでにエレキギター主流なのは知らなかった。”ジャクソン”の歌の意味もよくわかった。メンフィスのサム・フィリップスのレーベルでエルビス・プレスリーのすぐ後くらいのデビューなんだね。
初めの頃のツアーはジェリー・リー・ルイスとかロイ・オービソンと一緒にやってたんだ。私のなかではジョニー・キャッシュ=カントリーだったんだけど
、ロックンロールだったんだ。映画はジューン・カーターとのlove storyが主軸だけど、ジューンはギター教室で習った”カーターファミリーピッキング”の
家の人だったんだ。ヘー、知らなかったね。”ジャクソン”の歌の謎も解けた。レイ・チャールズの”ray”も凄くよかったけど、これもgood。こういう史実、
こつこつ事実を積み上げていくストーリーはうまいな。変に説明が多すぎなくて解りやすい。第二次大戦後、日本は戦争に負けて農地解放されて、
小作人なんて存在しなかったのに、でっかい冷蔵庫の”憧れのアメリカ”には綿花摘みの小作人が存在してたんだ。びっくりしたな。
2006年7月20日(木)ボローニャ国際絵本原画展
美術館へ行ってみる事にしたのは、20年くらい前からだと思う。
町田市立博物館のアメリカ原住民の織物展が初めだった。
それ以来興味の向くままにいろいろ見学に行ってみるが、結構見終わった後、疲れる。お宝に生気を吸われるせいか?
けど、この展示会は疲れない。
なんか、自分もやってやる!!そんな気にさせてくれる。
公募展なので、毎年いい作品がある。と、言うわけではない。
出久根育さんの名前に惹かれて初めて行った2004年は豊作で分厚い図録だった。
2005年は不作年だったらしく、図録が薄かった。
今年はまあまあらしい。確かに、やけにエッチングが多かった。
みんなで相談したわけではないのに、ある一定の傾向ができるらしい。去年いっぱいいた”ねずみ”に変わって今年は”猫”。
応募者は会場がボローニャなので、
イタリアが一番多いのだけれど、その次はなんと日本。入賞者も最多だったらしい。
板橋美術館の努力の成果。
美術館も、ご立派な建物だけでなく、”好きもの”学芸員がいるところじゃないと駄目だよね。
この原画展は、毎年びちゃびちゃ雨の降る時に開催なのに、つい
行っちゃうもんね。今年は電車とバス乗り継いで行っちゃったよ。
うちから結構近かった。朝霞台と北朝霞があんなに近いなんて。
だいたい70年安保で、ゲバゲバの時代、”
武蔵野線は貨物線だから、
通勤電車なんか走らすんじゃないよ!”って言ってた気がする。あん時の学生さん達、そんな事言ってて、
結構ここいらに家建ててるんじゃないかな?今でも貨物車両走ってるよ。改札口に、suica専用ゲートがあるのは初めて知った。
後ろの高校生に迷惑かけちゃって、焦った。”ごめんね、駄目にしちゃった”たまたま、優しい子だったから良かった。怒られなかった。
ところで、板橋美術館の喫茶がもう少し大人だといいな。
”絵本=かわいらしい”過ぎて、コーヒーや食べ物が物足りない。普通に、おいしいのを、出して欲しいな。ふだんはあんまり人がいなさそうなので、無理かな?
2006年7月12日(水)maria muldaur
吉祥寺駅からお店まで井の頭通りをまっすぐ歩いて13分かかる。しかし、歩くには、楽しみが必要で、途中の古本屋や、
前進座劇場の公演予告板、南町コミセンのパンフレットの掲示板は、自然に目がいってしまう。
そんなふうにして歩いていた先日、私の目は釘付けになった。何、”スウィングホール
にマリア・マルダーだって”、えっ、もしかして、”この人、シスター・シャウト
のCDの人じゃん!アルテの会員は止めていたので、お知らせはもう来ないことになってる。うう!でも、これからの発売だ。ヒャッホー!!
予約日に電話をかけまくった。予想外にあっさり買えた。嬉しい。武蔵境のスウィングホールは1回行った事ある。2.3年前の
サイラス・チェスナット(
マデリン・ペルーのCDでわざわざクレジットされていたピアニスト)の時だ。近いし、こんなラッキー有りか。早速、シスターシャウトのCDを買ったきっかけになった、
ピーターバラカンさんのウィークエンド・サンシャインにチケットを買えた自慢兼リクエスをした。
そしたら、びっくり。ピーターさんからmailでその公演はどこでやるのか?と”質問”された。鼻たかだかで、返信を書いて、送信した。直後に凄く不安になった。
だって、ピーターさんって業界人でしょ、その人が把握してない公演なんて、??おっちょこちょいの私の事だもん、マリア違いの、ああ勘違いの人だったら、どうする!!
早速、武蔵野文化事業団(名前が凄い)に電話して、確認したよ。”すいません、マリア・マルダーさんて、
シスターシャウトのCDを出されている歌手ですよね?”私はこのCDしか知らないから。ポップス担当者氏しばらく保留にしてから、”そうです”即答じゃないので、
びびった。あー安心した。不安を取り除いたら、強気になって、その日の深夜にmaria muldaurで検索。彼女のサイトで、
8/17から、Japan Tourの文字を発見して、絶対安心。せっかくだから、と、”8/18のチケット買っちゃったよ!”と、mailしておいた。翌日、係の女性からmailで”
showが終わったら、楽屋に来ていいよ”と返事がきていた。超ラッキー!!楽しみが倍増した。しかし、ロゼッタ・タープのsister
shout!だけじゃ学習不足だから、何か他にも欲しいとdiscographyを探し、いろいろ迷ったけど、”A
woman alone with the blues Remembering Peggy Lee"を購入してみた。最近は全く話題にならないけれど、高校生だった頃はcool
and sexy voiceペギー・リー大好きで良く聞いていたもんね。ペギーリーが自作の曲を歌っていたのは今回初めて知った。
このCDにゲストでDan Hicksがあったんだけど、これまたとても渋くていい。発見だ!!
ところで、”ダヴィンチ・プロジェクト”レンタルDVDがあったよ。結構おもしろかった。ポーランドって、いつまでも、元社会主義国ってイメージがあるけれど、
断然ヨーロッパだね。当たり前か。私が勉強してた頃の”社会科”はもう存在してない!
produced by Randy Labbe
これは私のLP、(Richard Barone はもってるかな?
Peggy Lee vinyl collector
2006年6月15日(木)トランスポーター2.とダヴィンチ・コード
映画は大好き。先週”トランスポーター2”を見て今週は”ダヴィンチ・コード”。水曜日のレディースデーは避けて、
木曜日に行くことに決めてる。”ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ”以来大ファンのジェイソン・ステイサムが大活躍。昔
の日活の映画くらいばった、ばったと悪人をやっつける痛快アクション。どうやら3もあるらしい。楽しみ。TVでも散々ダヴィンチをやっていたので、
どんなもんかとちょっと心配していたけど、全く退屈しなかった。結構長い時間の映画だったんだ。隣にすわっていた人がいいところで、中座していた。
可愛そう。”フリーダ”でリベラ役をやっていたアルフレッド・モリナが司教役で出演していたし、”ロードオブザリング”の良いほうの老人イアン・マッケラン、
”マスターアンドコマンダー”でラッセル・クロウを助けるチェロを弾いていた将軍や”ロックユー”でいかにもイギリス人の喋る狂言回しポ
ール・ベタニーがちょっと可愛そうなマゾの男の子を演じていた。でも皮膚が健康的でつやつやすぎたかな。目はコンタクトを入れてたと思う。
CGも凄かった。またゆっくりDVDで見たいな。webで検索していたら、ポーランドの映画で2004年製作で”ダ・ヴィンチ・プロジェクト”があるらしい。
基本情報に画像が全くないので、様子が全然わからない。興味津々。

2006年5月31日(水)梨木 香歩さん
以前NHKFMには朗読の時間があって、ちょうど通勤時間にぴったり合致していたので、車中結構楽しみにしていた。
いつのまにか、”英会話”とか”犬の躾”とか”個人旅行”etc.、ハウツー本しか読まなくなっていたので、随筆とか小説は楽しみだった。
なかでも、不思議感満載で夢中になったのが、”家守綺譚”。何年かぶりで、単行本を購入した。どうしてこれを映画化しないのかが不思議。
梨木さんが断っているのかも。画家の出久根育さんを知りえたのも、梨木さんのおかげだ。(ワニ:ジャングルの憂鬱やペンキやの絵本で共演)
ミーハーでどんなお顔をされているのかと、想像していた。作家インタビュー掲載とかで、わざわざ”文蔵”を買ってみたら、他の作家さんは取材風景ありなのに、
梨木さんは字だけだった。なーんだ。買うんじゃなかった。いつかご尊顔を拝したいと思っていたのが、今日ひょんな事でかなった。yahooの知恵袋で教わりました。
http://www.ehon-ej.com/award_fantasy/
2006年5月26日(金)Lightning in a bottle
今日は日差しは強いけど、空気が乾燥していて、すばらしい一日だった。午前中に川べりの道を駅まで往復した。
ちょっと見ないうちに開発中だった宅地に家が立ち並びもうすでに人が住んでいた。サーフボードがあるから若い人かな。午後からは前にもみた、"
lightning in a bottle
"をまた見た。若いのにおばあさんみたいな声だなと思ってCDを買ったmacy
grayがこんなに 活躍してたんだ。ハウンドドッグかっちょいい。最近までプレスリーの曲だとばっかり思っていた。
ビッグママソーントンって女の人が歌っていたのね。知らんかった。Kim Wilson
のブルースハープもよかった。Bonnie姉さんのスライドギターもよかった。
妙にかっこいいステップをふむハウリングウルフの曲jを歌っていた”
David johansen"って誰やねん?webでさがしたら、伝説のパンクバンド元”ニューヨークドールズ”のvocalだって、フーン。変名で
Buster Poindexter名義で活動してる。やっだー!それなら知ってるよ。
LP持ってるもん。のりのりのjumpやってる人じゃん。目からうろこが落ちた。
最近Ruth Brown
という名前をwebのジュークボックスで認識してどうもこの映画で見た気がしていたので、確認したかった。何せ古いLPジャケットなので、
可愛らしい色っぽいお姉さんだったから、想像がつかなかった。やっぱり同一人物だ。R&BのRはRuthBrownのRという説もあるらしい。
前回見たときはオデッタの印象が強すぎて、
他はあんまり覚えていなかったんだ。何度見ても聞いても楽しくて、発見があるのは素晴らしい。それにしても、なんで、”
KokoTaylor”が出演してないんだろう?
2006年5月20日(土)並木橋通りアオバ自転車店
単行本の17巻がやっと出た。私たちの話だけでなく、交番の自転車中国の自転車、駅前自転車のマナーなど、多岐に渡っている。取材に基づいた楽しく為になる
漫画だ。ぜひ、たくさんの人に読んでもらいたい。
今日、男の子(来店された)が、この漫画に目が釘づけになる”瞬間”を目撃した。
食いつき方が力強かった。へーぇ、感動した。”漫画の力”はすごい。
2006年5月11日(木)結局、1泊2日の弘前
何年も前に見た弘前城の桜がどうしても見たくなった。
その頃は馬渕公介さんの”小さな江戸を歩く”に凝っていた時期で、
本をなそって、あちこち出かけていた。車は4WDだったので、長距離ドライブは楽ちんだった。
Sもロードスターになってからの、遠出はきついから、出不精になったけど、久しぶりにちょっと頑張ってみようと、言うことになった。
ちょっと贅沢もして、津軽三味線のライブにも行ってみよう。帰りに会津若松の満田屋にも寄っておいしいモノ食べようという計画だった。
朝の4時過ぎに自宅を出かけたら、渋滞知らずで大谷Pへ7時前に到着した。
しかし当てにしていた、ドトールコーヒーは7時からの営業でがっかりした。
高速道路のSAやPに何度も立ち寄って休んだ。
最後に入った岩手山SAのレストランで思いがけない観光情報をgetした。
”アスピーテライン”で、雪の壁を縫って走る道らしい。全然知らない。
高速道路で無料で配っている地図のある”i”の女性に尋ねたら、ご親切にも、
該当する詳しい地図をプリントしてくれた。(色刷り無料地図は、希望者が多すぎるので、止やめたらしい。もう民営会社だもんね。)
目的地合致地図をくれる方が便利だな。拍手。
3時前にはホテルに着いた。一休みしてから、早速、弘前城に出かけた。
駅前にはヨーロッパのように、旅行者向けの綺麗な案内所ができていた。100円の循環バスもあった。弘前城は天守閣以外は入場無料だった。え
ー!!そうだったんだ。太っ腹。弘前城の桜は凄い。しだれ桜もこんなんだっけ。松より背が高いじゃん。
曇り空で見るとは、ずいぶん印象が違う。匂いも大いに香ってる。
桜も一杯あると香る。
5時になったから、津軽三味線ライブ居酒屋”あいや”に電話した。誰も出ないよ。あれー。とりあえず行ってみようと、
タクシーに乗り込んだ。運転手さんが”予約はしてありますか?””エッ予約いるんですか?”桜祭りの時などは、絶対無理だったらしい。
タクシー会社から”あいや”に電話をしてみて下さったがやっぱり出ない。連休疲れかな。どうしようかと思っていたら、運転手さんが紹介してくれた。
”杏”。おなかも空いていたので、gigは7時半からになっていたけれど、お店の中に入った。
こういう居酒屋は初めての経験、靴をぬいて座布団に座る形式だった。生ビールと3500円のコースを頼んだ。お通しに山菜ぽいのが出た。おいしかった。
次に”なめこ”みたいの。”お刺身はほたて、かんぱち、と白身”全部おいしかった。ボタンエビとウニとイカ。特に”かんぱち”は今まで食べていたのは何だったの?
こりこりした、”ほたて”にもびっくり。弘前はこんなに魚がうまいのか。驚いた。寒い時期にきたら、”もっとうまいモン食わせるぞ”と店主さんが他のお客さんに言っていた。
演奏が始まる前にすっかりできあがってしまった。待つこと50分。期待の若手の小山内薫さんが演奏者。6月にNHKの人間ドキュメントにも出るそうです。
アコースティックなのに、かなりの音量。私は、黒石の民謡っていってたのが、良かったな。演奏者の左手の親指と人差し指のカバーに流行のビーズが付いていた。
お客は私たちとほぼ同年代の人達ばかりだった。
本物を欲しているんだね。満足してホテルに帰った。テレビでは映画がちょうど始まった。奇遇にもロードショーで見たけど、もう一ぺん見たかった、
”彼女を見ればわかること”をやっていた。キャシー・ベイツの話に出てきた盆栽が忘れられなかった。
これから盆栽にハマッテる。記憶にあった盆栽とは全く違う形だった。記憶は曖昧だ。
す
っきりした。明日はサービスエリアで教わった”アスピーテライン”だ。山はお天気が変わりやすいから7時になったら、すぐ朝食に行こう。大鰐弘前ICから弘前市街に入るのに、
昨日はちっとも苦労しなかったのに、どうしてか国道7号に出られなかった。旧道かもしれないけど、方角が間違ってなければいいや。岩木山は昨日真っ正面だったから、
今日は背中に見えればOKだ。
安心したところで美しい岩木山をゆっくり見た。
鹿角八幡平IC.から降りて田沢湖方面へ進みトロコ温泉(すっかりトコロ温泉と読んでいた。有名人に影響されやすい)左折そのまま進めば”アスピーテライン”という説明。スポーツカーは車高が低いし、
チェーンも持ってないから、大丈夫かな?とちょっと、ビクビクしていたけれど、タクシーとすれ違った時点で道路状況は断然OKだ。雪の壁ってどんなんかな?
いきなり凄いじゃん。途中で車を止めて、シャッターチャンス。
空いてるとこんな事もできる。
うぐいすも”ホーホケキョ”の連続。行って気がついたここは国立公園だ。
煙も出てるから温泉あり。峠では旭川ナンバーの車がビデオを構えていたので、質問したところ、”雲”を撮影していらっしゃるとのこと。ふーーん。
頂上から松尾八幡平
IC.へ降りるほう
が雪の壁はもっと凄かった。
鳥海山や月山の遠望も凄かったです。Sは歩かないので、標高1500Mの景観はこれが、初めてか。
盛岡発八幡平頂上行きバスにすれ違った。ごろごろ旅行鞄を引っ張って歩いていた若者はユースホステルから歩いていたのかな?ありゃ、
”学習院の夏期校舎”の文字。さすがに金持ちはいい場所押さえてますね。
高速道路に入るのは、とっても解りやすかった。やれやれ。高速道路に入れば、もう地図必要ないから、
VANにあわせて、大声あげよう。途中の那須高原あたりは霧が濃くてちょっとまいったけど、無事に1泊2日で帰ってきました。(
会津若松の満田屋さんは予約電話を入れようと思ったら、全然つながらなくて、”休み”か?そんなら、もう帰っちゃおう。今確認したら、メモした番号はfax番号だった。あちゃー。また今度ね。
2006年5月7日(日)試験放送
先週で終わってしまった、”バラカンビート”今日のInter Fmは試験放送状態だった。どうなっちゃってんだろう。
VAN MORISSONの” PAY THE DEVIL”は私の解釈では彼の”my way"だな。my musicのためには悪魔にも支払った.VANは夕焼けが、とっても好きらしい。"avalon
sunset"って題名もあるくらいだし。今度じっくり”down the road"のレコード店のショーウィンドーに飾ってあるジャケットを解明しよう。昔レコードは試聴して買えたんだよ。
2006年5月6日(土)down the road
日曜日の帰りの車中で楽しみに聞いていた、
INTER FMのピーターバラカンさんの番組が終わってしまった。
突然だったので、びっくりした。そういえば、何週か前にスポンサーを探しているとは言っていたけど、
(トヨタは儲かっている車生産量世界一の会社なのにね)ラストのリクエストの中に、”Hey,Mr.
DJ”があった。とても気に入ってすぐに、amazonに頼んだ。
思いがけず早くに届いた。
CDジャケットのレコード店のショーウィンドーには初期のRay Charles
やJB,Lightning Hopkins,店の入り口にはsam cooke=このジャケットのLPはうちにもある。やっぱり、
ターンテーブルを買わなきゃならないかな。買ってみてわかったのだけど、このCDのなかに”gerogia
on my mind”が、入っていた。得した気分だ。
発売されたのは2002年らしいだけど、全く知らなかった。
意地悪だけど、INTER FMの新番組はどんなんかな?
2006年4月23日(日)PATSY CLINE
マデリン・ペルーやフェアグランド・アトラクション
のアルバムで聞いていた”Walking after midnight”はもともとPatsy clineが歌っていたらしかった。
以前にみたロレッタ・リンの伝記映画のなかで(ロレッタ・リンは声がめちゃ
くちゃ大好きなクリスタル・ゲイルのお姉さんだったんだ。)ロレッタがパッツイ・クラインの前座をやっていたくだりがあったので、
名前は知っていたけれど、CDもLPも1枚ももっていなかったので、絶対はずれのない、essential版を買った。この曲はDon
Hecht&Alan Block作という事だが、パッツイ・クラインのヒット曲らしい。パッツィ・クラインはWinchester Virginia
生まれでアメリカの大歌手らしく、全盛期に飛行機事故で亡くなってしまっているのに、ファンクラブのでっかいのが、5個もあるらしい。
パッツイのwebサイトhttp://www.patsycline.com/生家や高校生の時に初めてアルバイトした店や
記念塔写真がいっぱいあって、楽しいサイトだ。こんなにbigな歌手だったんだ。クライン姓は最初の旦那さんのものらしい。
2006年4月20日(木)PHOEBE SNOW
今日の午前中はものすごい強風でひどい天気だった。引っ越しの度にひとまとめにして、ぐちゃぐちゃになっていたLPを好み順に並べ替えてみよう。
ターンテーブルもスピーカーも処分してしまって、今は聞けないけど、当時はすり切れるほど、聞いた物ばかりだ。
Phoebe Snowは自分の記憶以上に所有していた。さっき彼女のcomで確認したら、
ななんと、デビューアルバムから連続で1989年までは全部購入していた。よっぽど、気に入っていたんだ。新しい発見もあった。最近知って大お気に入りのおじさんDanPenのDo
right woman,do right manをAgainst the grainで歌ってる。また”Something
real”のなかの、 Cardiac arrest ではIvan Nevilleがピアノで参加してる。わーい、全然知らなかった。
近年”シスターシャウト”や”リンカンセンターでのマディーウォーターストリビュートコンサート”で1曲づつ歌声を聞いて元気なんだな、と、
嬉しかった。最近のFMじゃあまり聞かないもんね。キーんとした声の張りとか、つやは全然衰えていない。ターンテーブル買って、ヘッドフォンでゆっくり聴きたい。
2006年4月17日(月)VAN MORRISON
たのんであったCDがやっときた。2年くらい前にはジム・モリソンと、ヴァン・モリソンの区別がはっきりしなかったのに、もう、大ファンになっちゃったので、昔のもかってみた。Van
Morrison Astral Weeks ;ギター教室でみたクラプトン主催らしい、アンテブア島クロスロードコンサートでかっこよかったおじさんJ.J.
Caleの guitar man;”Crazy for you"が出だしで、イイカンジ。他もヒット曲満載の
Patsy ClineのEssential Collectinこんくらいのテンポは仕事するのに、とってもいい。Madeline
payrouやFairground attractionも歌っていた、"....searching for you"これが本歌じゃん。ブルースハープのSonny
Boy Williamson;ウィークエンドサンシャインでもよく名前を聞くけど、ほとんど、未知のThe
Allman brothers band Madness of the westこれはさわやかロックだった。インストが長いかな。でもどれも”あたり”大満足もちろん一番はVan
MorrisonのPay the devil.
2006年4月15日(土)pcダウン
自宅PCの液晶画面がデフラグ中に”ぷち”という音とともに消えた。
”あれ、なんで、真っ暗なの、省電力?”hpの作業は夜帰宅してからしているので、一大事。
大変だ。修理も考えたけれど、液晶じたいはずいぶん安くなっていたので、思い切って買った。
早速つないでもらったけど、まだ変。結局2連休は復旧作業だった。OSが変らしい。しようがない。フ
ォーマットかけてもらって、やっと今日更新。こういう機械的なことは全部S担当なので、ご面倒をおかけしました。
パソコンの耐用年数は5年らしいけど、律儀なくらいに、会社のpcも今、ちょっと怪しい。excelの立ち上がりがやけに遅い。
一番はじめに買ったwindows95時代の東芝パソコンの最初の怪しいはexcelだったもんね。しかし、液晶画面は購入からまだ3年だ。もう少し使いたかったな。
2006年3月31日(金)Johnny Cash
CDは買い始めると、止まらなくなるので、amazonやHMVのサイトには近寄らないようにしていたんだけど、
土曜日のウィークエンドサンシャインでVan MorrisonがカントリーのCDを出すと聞いて、
むむむ。それでも、迷った。どこかで、もっと試聴できないかなと思っていた。”MOJO"ラジオFilterのコーナーで1曲かかった。
物足りない。BBCの事を思い出した。めがねをかけて、真剣にwebを見てみたら、ここは”宝の山”だった。radio2はいろんなジャンルの音楽がwebで聞き放題。
先週はNICK BARRACLOUGHでVan Morrisonのインタビューをやってた。うれぴー。
今日また聞いてみようと思って、入ってみたら、もう変わっていた。
それで、今日はBob Harris
のコーナーに入った。またまた、大当たり。Johnny Cash” Singer of songs”聞いたことないなあ、PlayList
を見たら、音源はSampler 発掘物Unearthedだって。一番大好きな”Solitary Man”の頃かな。
うししし。NHKもwebでいつでもウィークエンドサンシャインが聞けるようにしてほしいな。Van Morrisonの記念切手も頼んじゃおうかな。
まだだ、まだだ、と思っていたら、
今日はもう咲いています。
例年お店の近くの茅葺きのお宅へ写真を撮りに行っています。
吉祥寺でこの門構えは贅沢です。
午前10時近くですが、”めじろ”が群れて密をすっていました。桜にメジロで色の取り合わせが、
グーでした。
もう、井の頭公園は、お花見OKです。
2006年3月4日(土)Cesaria Evora
どれくらい待ったかわからない。少し忘れていた。検索エンジンに”cesaria”を打刻したら、DVDのお知らせが出てきた。
6年くらい前に
東急文化村のオーチャードホールでコンサートを見て以来の動く”セザリア・エヴォーラ”だ。嬉しい。ヘッドフォンで音にどっぷりつかった。カーボヴェルデの風景もたっぷり。
カーボヴェルディアンがアメリカに渡って、鯨とりになって、稼いでいたとは、知らなかった。
奴隷貿易の中継点とは聞いていたけど。アート・リンゼイさんは
このドキュメントのインタビュアーと思いこんでいたら、有名なブラジル人アーティストだった。彼自身の音楽はアヴァンギャルド過ぎて好みでは無かったが、
プロデューサーとしては頼もしい。カーボヴェルデの地元カフェでのライブも味わい深かった。ポルトガルから独立した、1975年くらいから、経済は悪いらしい。
彼女のCDを初めて買ったのはブエナヴィスタがめちゃめちゃ流行やっていた頃で、キューバの人かと思っていたけど、"cafe de atlantico"のなかの風景写真はなーんかもっと、違うなあ。よくよく、読んでみたら、国名がcabo
verdeという事がわかった。何処?地図で確認すると、パリ・ダカールラリー
で有名な”ダカール”の先にある正に”絶海の孤島”。ますます興味がわいて、アジア・アフリカ語学院に何か情報があるかと尋ねたところ、
jaica任国情報を教わった。洗濯物が吹いている風でじゃりじゃりになるとは想像がつかなかったが、
このDVDを見たら、納得できた。更に、野川公園内風の景色でサンダル履きのピーターバラカンさんと
中原仁さんの解説もおまけ
2006年2月28日(火)美智子さま
お昼を食べ終わって裁断台に向かっていたら、珍しく”かぎや”のマダムが現れた。
「ねえねえ、皇后さまがジブリ美術館にいらっしゃるので、この道お通りになるのよ」教えに来てくれた。「
ええーっ、ウッソー」久しぶりに、はるか昔の懐かしい女子高生時代の”ぴょんぴょん”縦飛びが出てしまった。どうりで、さっきから、
路上駐車は移動しなさいとアナウンスしたり、パトカーはくるし、白バイは通るし、顔つきの”きつい”みるからに警察関係者がウロウロしているし、
月末でえげつない駐車違反一斉取り締まりかと、思ったら、そんなもんじゃ無かった。大変だ!!!井の頭通りに飛び出してみると、??
アレーさっきまで立ってたお巡りさん達が「全然いないよ。」マダムが「そういえば、信号待ってる時、黒塗りの車がとんでもない勢いで4台くらい
ビャーと走って行ったわ。」「えー」たまたま通りがかったおまわりさんに、「美智子様はもう行かれたんですか?」「うん、そーよ」「ぎゃー、がっかり」
「そんなこと無いでしょ。帰りがあるから。3時半。でもむこう側よ」もう、私ギヤーが入っちゃったもんね。緊張してきた。皇后様というより、美智子様だ。
Tが小学校入学する直前の時、ご成婚の大ミッチーブームだったんだから。
超アイドル。ボートに乗って微笑む、ワンピース姿の美智子様の塗り絵を毎日塗ってたよ。ただ手振っただけじゃ。駄目だ。もっと、応援したい。皇后様は、
ここんとこ、心労から、めまいをおこして、ちょっと、元気ないんだもんね。うーんん。日の丸だ。早速コピー用紙に赤丸をマジックで塗って、手作り。バランス変かな。
でもドンマイ。コレ振りたいな。びらびらーとね。景気よく。棒あるじゃん。こういう時、アトリエはなんでもあるから便利やね。でも、Sに、テロリストと間違えられるぞ。
と止められた。えー。菜箸だ。あれなら、結構長いし。セロテープで貼って、手で押さえていれば、大丈夫。よし。緊張してきた。店の前で今か、今かと待ってた。
今度こそ、どんなにぴゅーっと、行っちゃっても、日の丸ふるもんね。仕事も手に付かない状態で待ってた。お通りになる直前にTの手にした日の丸を見て、「
お迎えするなら、あっちじゃないと、見えないよ」お巡りさんの助言。店はSに任せて、井の頭通り上り方面に移動。なんか駅の方向にクリクリとパトカーの赤い光、
白バイも見えてきた。想像してたより、ゆっくりめ。ウッソー!車の窓あけて、思いっきり手を振って下さってる。メチャクチャ近い。びっくり。「みちこさまーっ」
絶叫してた。近すぎだって。叫ばなくても大丈夫なのに、やっぱり叫んじゃうもんだね。後から気がついた。喉痛い。腕も痛い。でも皇后様は、お綺麗でした。
エキサイトな午後。この日の丸は自分の記念に永久保存だ。
2006年2月15日(水)Bullterrier
ヤフーのnewsをみていたら
westminsterのdogshowでブルテリアが総合優勝した。
dogshowのwebsiteに行ってみたら動画もあったので、つい見とれてしまった。
映画でみた”dogshow”よりもう少し地味です。しかし犬好きにはたまりません。
なんのヒネリも演出もないwebカメラで画像は荒いけど、楽しめます。
2006年2月2日(木)barracuda
もう数年前になると思うが、Sが新宿の大塚家具になってしまった三越南口館でMTBを購入した。野山をガンガン走るというよりは、
街を格好つけて走りたいので、ちょっと珍しいのがいいという事でこの自転車になった。”
barracuda"Sとしては珍しく当時住んでいた深大寺から野川公園。本栖湖ぐるり。通勤。アクティブに利用していた。
年末年始を利用した、いすゞプレジールで四国一周旅行へ行った時にこのチャリも後ろに括って行った。帰ってきたら、融雪剤ですっかりやられてた。
なんとかしなきゃと、思いつつ、部屋の中にも置いておけなくなって、とうとうベランダに追いやられてどんどん、かわいそうな状況になっていた。直射日光。
鳥の糞。なんとかしてやらなきゃ。先日”並木橋通りアオバ自転車店”宮尾先生の取材の折、barracudaの名前をだしたら、”それは珍しい”
と結構褒めてくださった。Sも”何台も輸入されて無かったらしいです。”宮尾先生がお帰りになってからも、始めてわかってくれる人がいた!!喜んでいた。2度目にお目に掛かった時に
話の続きでディレーラーが”PAUL"でといったら、先生の目がキラキラして、
”冷戦が終わってしまって、武器製造会社が仕事に困って素晴らしい機械と技術で自転車の部品を作ったのが、これです。”
S”ヒェー!!アルミの削りだしで格好いいからつい、買っちゃったんです。”
そこで愛車のかわいそうな状況を説明したら、”なんとかしてあげる””えーっ本当ですか?”宜しくお願いします。何から何まで
すっかり面倒をみて頂いた。更にフレームにはAOBAの文字!

2005年12月8日(木)並木橋通りアオバ自転車店
先日モールトニア”yoshi-colle”さんのhpにある掲示板で自転車店の漫画があるのを知った。どんなのかな?
掲示板氏は文中でサインを貰ったと自慢しておられた。そろそろモールトンの話が出るかなとも書いておられた。へー、私たちの事も知って貰えたら嬉しいと思って、
出版社あてにハガキを書いた。そしたら、”びっくり”。興味を持ってくださったらしく、昨日宮尾岳先生ご本人からお電話を頂いた。
受話器を置いたと同時にブックスルーエに走って、生まれて初めて、新刊の漫画を購入した。1作も読まないで、
ハガキを書いてしまった事がちょっと恥ずかしかった。今日初めてお目に掛かっていろいろお話をさせて頂いた。エネルギッシュで自転車の事が本当に好きで、
よく知ってる。聞き入ってしまった。お話を伺っている間にもさらさらと絵を描いて説明してくださったりしたが、やはり描き出てくる線に迷いがない。凄い。おまけに、
小径自転車を展示用に貸してくださる約束までしてくださった。
楽しみだな。まだ書店にも出ていない16巻に記念のサインを目の前でしてくださってプレセントしてくださいました。もう、飾っています。